ART
芸術を選んでいる理由をお話しいたします
絵画や演劇がなくても、日々は過ぎていきます。仕事は回り、食事もできて、家族とも会える。芸術は、生きていくために必要なものではありません。
けれど、何かに熱中して一生懸命に表現している人がいて、そのキラキラした姿を見ることで何かきっかけをもらう人もいます。
表現する人の可能性を信じる
なくても生きていける。
でも、あることで人生が彩られる。
芸術の力を体験する中で、一度の表現者との出会いが、ひとりの人の選択を変えていく瞬間がたくさんありました。だからこそ、表現者とその想いの可能性を信じ。芸術を手段として選んでいます。
芸術には正解がありません。自分にとって一番良いと思う方法で作って、伝える、その積み重ねが、表現するという行為そのものを洗練させていきます。
抱きしめて感謝を伝える人がいます。拳を強く握って怒りを表す人、走り回って笑って楽しさを表す人、絵で伝える人、舞台で発散する人、文章で紡ぐ人、歌う人、表現の形は、数えきれないほどあります。
大切な人に、「大好き」と言うだけでは伝わらないことがあります。だからこそ、しっかりと相手に伝えるための手段をたくさん持っていてほしいと思うのです。手段が多いほど、自分の気持ちに近い形が選べます。そして自分の表現が見つかると、自分自身のことももっとよく分かるようになります。
知らないものは、選べません。名前も聞いたことがないものに、人は手を伸ばしません。逆に、一度でも触れたことがあれば、次に出会ったときの反応がまるで変わります。出演者募集の貼り紙を見たとき、足が向くかどうかは、その言葉を知っているかどうかで決まります。
合わなかったと気づくことも、立派な収穫です。絵は自分には向いていなかった、でも歌は楽しかった。いろいろ見たうえでの選択が、一番その人に合った選択になります。何かのプロになるということも、他の選択肢を知って初めて成り立つことだと考えています。
出発点にあるもの
知ることが、最初に触れること
そして、触れられる機会の数は、住んでいる場所によってまるで違います。電車一本でいくつもの展示や舞台に行ける土地もあれば、その機会がほとんどない土地もあります。生まれた場所で選択肢の数が決まってしまうことを当たり前にしたくはないと考えています。
日本では、芸術にお金を払うことが、まだ当たり前にはなっていません。舞台の最中に物音が立つこともありますし、公的な支えも十分とは言えません。
それは、悪意があるからではないと思っています。作り手がどれだけの時間と覚悟を注いでいるのか、その舞台の一瞬にどれだけのものが乗っているのか、知る機会が単に少ないだけです。
だからこそ、まず知ること、触れること、人が何かに夢中になっている姿を目にしたり、自分自身がその立場になることで、敬意は自然と生まれます。その積み重ねの先に、芸術に正当な対価が払われる社会があると信じています。
誰かと出会う場所も、何かに触れて心が動く場所も、見知らぬ人と一緒に何かを作り上げる場所も、表現のために必要な環境です。形は様々ですが、すべて一人ひとりの叶えたいことが社会に根ざしていくための場になります。
芸術と出会える場所を暮らしのなかにひらいていくために、一つひとつの事業に取り組んでいます。
この考え方の全体像をまとめていますコンセプト
CURTAIN CALL
これまで、何かに心が動いた経験はありますか。展示でも、風景でも、誰かの言葉でも構いません。そういう話を語っていただける方を探しています。
言葉にする機会をお届け